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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6802号 判決 1978年9月25日

原告

青山富

右訴訟代理人

淵上貫之

外七名

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右訴訟代理人弁護士

奥平甲子

右指定代理人

吉戒修一

外九名

被告

三共株式会社

右代表者

鈴木重臣

右訴訟代理人弁護士

唐沢高美

被告

明治製菓株式会社

右代表者

中川赳

右訴訟代理人弁護士

金沢恭男

金澤善一

被告

科研化学株式会社

右代表者

長谷川長治

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

本間崇

被告

小玉株式会社

右代表者

小玉外行

右訴訟代理人弁護士

唐澤高美

主文

1  被告三共株式会社、同科研化学株式会社及び同小玉株式会社は原告に対し、各自金八七七万九〇六〇円及びこれに対する被告三共株式会社については昭和四六年九月二九日から、その余の被告らについては昭和四八年九月一八日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の右各被告らに対するその余の請求並びに被告国及び被告明治製菓株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告三共株式会社、同科研化学株式会社及び同小玉株式会社の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自二三七一万二五四七円及びこれに対する被告国、被告三共株式会社及び被告明治製菓株式会社については昭和四六年九月二九日から、その余の被告らについては昭和四八年九月一八日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  被告国

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。との判決及び仮執行宣言付原告勝訴判決の場合には担保を条件とする仮執行免脱宣言

三  その余の被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。との判決

(当事者の主張)

第一  請求の原因

一  原告に対するストレプトマイシン投与の経過

1 原告は、昭和四〇年五月二六日から昭和四一年一〇月二七日まで、医療法人東京厚生会大森病院で肺結核治療のため、ストレプトマイシン(以下「ストマイ」という。)、パス及びヒドラジドの三者併用投与を受けた。この期間中に投与されたストマイは、三クール(一クールは五〇本で、一本につき1.0グラムのストマイが含まれている。)であるが、同病院における治療中、原告にストマイの副作用の発現とみられる症状は、みられなかつた。

2 次いで、原告は、昭和四一年一二月三日から昭和四六年三月四日まで林泰助医師が開設者及び管理者として経営診療する林内科医院(以下「林医院」という。)に通院し、林医院からストマイ等の投与による肺結核の治療及び投与されたストマイの副作用とみられる諸症状に対する治療を受けた。原告の林医院における治療経過及びその他の医療機関における治療等の内容は、別表一診療経過表記載のとおりである。

3 原告は、別表一診療経過表記載のとおり林医院から投与を受けたストマイの副作用によつて、昭和四五年四月末ころには全聾となつたほか、現在まで強い左右耳鳴り、頭鳴り、三叉神経痛、頭痛、左右腕、足の関節痛、同筋肉痛、平衡障害、自律神経失調症、肩こり等の症状に悩まされている。

4 林医院において原告に投与されたストマイ(以下「本件ストマイ」という。)は、別表二記載のとおりであり、いじれも同表記載の日時に薬事法一四条による厚生大臣の製造承認を得たうえで、被告会社(以下被告会社を格別にいう場合には「被告三共」、「被告明治製菓」、「被告科研化学」、「被告小玉」という。)らが製造したものである。

二  責任原因

原告は、被告国及び被告会社らの責任原因を次のとおり、選択的に主張する。

1 被告国

(一) 厚生大臣の薬事法一四条によるストマイ製造承認についての副作用救済措置義務違反

(1) 国は、憲法二五条二項をうけて、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を図ることを任務とし、国民の保健、薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う行政機関として厚生省を設置し、その長として厚生大臣をおいている。そして、厚生大臣は、厚生省の所管事務を統括し、これに関して法律、政令の改廃のため閣議を求め、又は省令を発する等の権限を有している。そして、厚生省の所管事務の一つとして日本薬局方未収載医薬品等の製造等の承認手続があり、前記一4の本件ストマイの製造承認も右手続に基づき、厚生大臣がしたものである。

(2) ところで、ストマイの製造基準は、薬事法(昭和二三年法第一九七号)三二条一項の規定に基づき、昭和二四年厚生省告示二七五号により、同年一二月二〇日に告示され、右告示に基づく基準は同二五年一二月一六日、厚生省告示第二九九号をもつて改正され、同日ジヒドロストレプトマイシン(以下「ジヒドロストマイ」という。)の製造基準が厚生省告示第三〇一号をもつて公布された。右の経緯に基づきストマイ、ジヒドロストマイの製造基準の制定をみたものであるが、この製造基準の制定時、これらのストマイの成分により聴神経障害又は平衡機能障害などが発現するという認識は、臨床基礎研究において充分予見せられていた。すなわち、ストマイのうち硫酸ストレプトマイシン(以下「硫酸ストマイ」という。)の副作用は主に第八脳神経のうちの前庭機能神経に毒性をあらわし、ジヒドロストマイの副作用は第八脳神経のうちでも蝸牛神経に主に毒性を示すとされて、これらの使用によつて、副作用として患者の一部が難聴又は全聾その他の聴神経障害など不可逆性の障害に陥るということは、右製造基準制定当時においてすでに相当程度に臨床警告がなされていた。

したがつて、本件ストマイ製造承認当時において、厚生大臣はストマイの右の副作用を充分了知していたのであるから、厚生大臣が本件ストマイの製造承認を行うについては、その副作用による被害者が出ないよう事前の予防措置を講ずることはもちろん、前記(1)の諸権限を適切に行使し、立法ないしこれに準ずる方法により、副作用によつて被害を被つた者に対する金銭給付、並びに副作用治療に要する医療費の国庫負担、医療施設の拡充及び疾患治療の研究等の救済措置を講ずべき義務がある。

(3) しかるに、厚生大臣は、前記のごときストマイ副作用に対する救済措置を講ずることなく、漫然と前記のとくり本件ストマイに対する製造承認をしたものであるから、右承認は違法であり、これに基づいて製造されたストマイの副作用により原告が被害を受けたことについて、被告国の公務員である厚生大臣に故意又は過失があるというべきであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 厚生大臣の結核治療に関する医師への指示義務違反

(1) 厚生大臣は、国民の保健に関する行政事務を遂行するため、前記(一)(1)のとおり諸権限を有しているのであるが、結核に関する治療については、その権限の行使として、昭和三八年六月七日保発第一二号都道府県知事あて厚生省保険局長通知「結核の治療指針」(以下「治療指針」という。)及び昭和三八年厚生省告示第二一九号「結核医療の基準」(以下「医療基準」という。)を定めて、結核治療の指針を示している。このうち、治療指針は、健康保険法四三条の四、一項、四六条の六、一項、保健医療機関及び保健医療担当規則(昭和三二年厚生省指令一五号)二〇条、昭和三二年厚生省告示第一二五号「性病等の治療方針、治療基準及び療養方法」に基づくものであつて、健康保険法による医療給付の基準となるものであり、医療基準は、結核予防法三四条、同法施行規則二二条、昭和二六年厚生省告示第二二三号「結核予防法指定医療機関医療担当規程」五条に基づくものであつて、結核予防法による医療の基準となるものである。なお、治療指針も、同規程五条により医療基準とともに結核予防法による医療の基準とされるものである。

(2) また、厚生大臣は、前記(一)(1)の権限の一つとして、医師法二四条の二により、公衆衛生上重大な危害を防止するため特に必要があると認められる場合に、医師に対し必要な指示をする権限を有する。そして、右医師法の規定は、特に問題の起り易い医療行為については、その注意義務の基準を厚生大臣が示すとされるものであり、この条項は過失において起きた事故を再び繰り返さないため設けられ規定であり、たとえば、「ペニシリン製剤による副作用の防止について」昭和三一年八月二八日(医発第七四三号)各都道府県知事宛、厚生省医務局長、同薬務局長通知は右の趣旨を受けて存在する。

(3) ところで、ストマイの副作用である聴力障害は、自覚症状のない日常会話に支障が生じえない高音域から始まるため、その発現を防止抑制するためには、高音域を中心とする聴力検査によつて早期に聴力の異常を察知し、適切な措置を講ずる必要があること及び右聴力検査は、オーデイオメーターによることが必要不可欠であることは、現代医学の常識となつている。

(4) このようなことからすれば、国民の保健につき責任を負う厚生大臣としては、結核の治療に関して指針を示す場合には、前記医師法二四条の二の規定により結核医療に携わる医師に対し、オーデイオメーターの設置又は使用を義務づけるべく指示する義務があるというべきである。

(5) しかるに、厚生大臣は、わずかに治療指針において定期的にオーデイオメーター等による聴力検査を行うことを医師に要請しているに止まり、医師に対しオーデイオメーターの設置又は使用を義務づける指示をなさず、右使用について医師に対する監督、管理をしていない。

そして、右オーデイオメーター使用の要請は、その後の適切な行政指導を必要とするにかかわらず、何らそれがなされてはいない。すなわち、国の委任を受けた川崎市高津保健所結核診査協議会は、林医師に対し結核予防法に基づく治療の認可をなすに当たり、右行政指導をなすことなく漫然とその認可を与え、厚生省保険局長は前記治療指針を各都道府県知事宛に通知するにつき、その通知内容が医師等にどのように伝達され、遵守されているかについて、何ら行政指導をも、また実態調査をもしていない。

(6) そうすると、厚生大臣及びその指揮監督下にある保険局長並びに高津保険所結核調査協議会らの右不作為は違法であり、厚生大臣らが前記措置を講じていたならば、原告は、オーデイオメーターによる適正な聴力検査を受けることにより、前記一3の諸症状の発現を防止できたか又はこれを軽症に止め得たといえる。それゆえ、原告のストマイ副作用症状の発現につき被告国の公務員である厚生大臣らに故意又は過失があるというべきであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告国の結核予防法に基づく原告に対する適正治療義務違反

(1) 林医師の開設する林医院は、結核予防法三六条一項により政令指定都市である川崎市の市長が国の機関として指定した指定医療機関であり、原告は、同医院において、同法三四条の適用のもとに別表一診療経過表記載のとおりの治療を受けた。

(2) ところで、結核予防法は、国及び公共団体が結核の予防及び結核患者の適正な医療につとめなければならないこと(二条)及び医師その他の医療関係者が同法二条に規定する国及び地方公共団体の行う業務に協力しなければならないこと(三条)を規定し、更に厚生大臣又は都道府県知事(政令指定都市の場合にはその長。以下同じ。)に前記指定医療機関の指定をする権限のほか、省令で定めるところに従つて指定医療機関を指導する権限(三六条三項)、右指導に違反するなどの場合に指定医療機関の指定を取消す権限(同条四項)、指定医療機関の診療の内容及び診療報酬の請求を随時審査し、かつ、指定医療機関が請求する診療報酬の額を決定する権限(三八条三項)を与えている。

(3) このようなことからすると、結核治療の主体は、国であり、指定医療機関の開設者又は管理者等は、その履行補助者として同法三四条所定の医療活動を行うにすぎないものというべきである。

(4) そうすると、川崎市長が結核予防法三四条により、原告の肺結核の治療について省令で定める医療を受けるための経費の二分の一を負担する旨決定し、指定医療機関である林医院において治療が開始されることになつた昭和四二年一〇月一日をもつて、結核医療の主体である被告国と原告の間で、原告の肺結核の適正な治療を目的とした準委任契約が成立したものというべきである。

(5) かくて、国は、原告に対して現代医学の知識、技術を駆使して信義に従い誠実に原告の結核病症を指定医療機関を介し診察、診療する債務を負うと同時に、右治療の結果、原告の身体に傷害を与えることのないようこれを防止すべき義務を負うに至つた。

しかるに、被告国の履行補助者である林医院の開設兼管理者の林医師は、次のとおり注意義務に違反して原告に対する適正な治療を怠たり、原告にストマイの副作用による前記一3の諸症状が発現することを防止しなかつたから、被告国は、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(イ) ストマイ投与開始前の注意義務違反

ストマイの投与が適切な治療方法であるか否かを判断するため、その投与を開始する前に原告のストマイに対する耐性検査、体質及び親族関係についての問診並びに腎機能及び肝機能検査等を実施する必要があるのに、林医師は、これらの諸検査を一切行うことなく漫然と原告に対するストマイ投与を開始した。

(ロ) ストマイ投与中の注意義務違反

ストマイには、重大な副作用があるから、医師としては、これを患者に告げ、副作用の有無について充分観察し、ひんぱんに発問するほか、前記(イ)の諸検査をも併用してその早期発見、早期治療につとめる必要があるのに、林医師は、これを行うことなく漫然と投与を継続した。また、ストマイの副作用による聴力障害は、前記(二)(3)のとおり自覚症状のない高音域から始まるのであるから、ストマイ投与中は、オーデイオメーターによる聴力の精密検査を反覆継続して実施し、その早期発見、早期治療に努めるべきであるにもかかわらず、林医師は、これを全く行わなかつた。更に、ストマイを単独で投与した場合には、併用療法にくらべ副作用の発現率が高くなることから、これを避けるためパス及びヒドラジドとの三者併用療法を原則とすべきであるのに、林医師は、別表一診療経過表記載のとおり、昭和四二年一一月一九日以降は、三者併用療法を中止して、ストマイの単独投与を行つた。

(ハ) 副作用発生後の注意義務違反

ストマイの副作用は、進行性であるから、その発生を知つた場合に、直ちにストマイの投与を中止すべきであるのに、林医師は、原告がストマイによる副作用である三叉神経痛等の症状を訴えたにもかかわらず、これを意に介せず、ストマイの投与を継続し、更に、原告の症状がストマイによる副作用である旨他の医療機関から知らされたのに、ビタミン剤等の投与を行つたのみで、何らストマイの副作用の進行防止に関する適切な措置をとらなかつた。

(四) 被告国の公務員である林医師の結核治療行為に関する注意義務違反

(1) 国家賠償法一条の公権力の行使とは、純然たる私経済作用と同法二条により救済される営造物の設置管理作用を除くすべての作用をいうと解すべきところ、結核予防法三四条により指定医療機関が国の機関である厚生大臣又は都道府県知事の指導に従つて行う結核の治療行為も、前記(三)(1)ないし(4)のとおりの事実からすれば、公権力の行使にあたるというべきであり、指定医療機関の開設者ないし管理者は、公務を委託された者であつて、国家賠償法一条にいう公務員というに妨げないものである。

(2) そして、指定医療機関である林医院の開設者兼管理者である林医師には、前記(三)(5)のとおり原告に対し当然なすべき適正な治療を行わず、ストマイの副作用による前記一3の諸症状の発現を防止しなかつた過失があるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(五) 被告国の被用者林医師の結核治療行為に関する注意義務違反

仮に、結核予防法の適用のもとに行われる結核治療に国家賠償法の適用がないとしても、前記(三)(1)ないし(3)のとおり結核治療の主体は、被告国であるが、林医師は結核予防法三六条によつて、国の機関としての神奈川県知事により、結核患者の医療をする指定医療機関としての指定を受けたものであり、これによつて同人は、国の医療業務の執行に従事し、厚生大臣及び国の機関としての神奈川県知事の行う指導に従わなければならない(結核予防法三六条二項、三項)。したがつて、被告国と林医師との関係は、雇用関係ではなく、いわゆる委任契約関係にあるが、このような関係にある場合でも民法七一五条の適用は肯定せられるべきである。しかるところ、林医師は、被告国の結核治療業務の執行に際し、過失により原告に前記一3のストマイの副作用による諸症状を発現させたのであるから、被告国は、民法七一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告会社ら

(一) 追跡調査義務違反並びに医師及び一般大衆に対する副作用警告義務違反

(1) 医薬品は、人の生命、健康に直接重大な影響を及ぼすものであるから、医薬品製造者はその業務の性質に照らし、副作用により人の生命、身体、健康を害さないよう文献の調査、情報収集、動物実験その他あらゆる方法により、薬品の主作用、副作用を厳密に調査研究して、医薬品の安全性を確保する措置を講じなければならない。

ところで、ストマイは、前記1(一)(2)のとおりその製造承認当初から聴覚障害等の重篤な副作用の生ずる可能性が医学上の常識として判明していたものであるから、その製造業者である被告会社らは、副作用による障害の発生を未然に防止し、又は軽度のうちにこれを抑制するため、自社製造のストマイが医師によつて使用される際に、いかなる方法で投与され、また、いかなる場合にいかなる内容、程度の副作用が発生しているかにつき終始追跡調査を怠らず、その結果得られた最新の知識に基づき、次に述べるとおり、知られた副作用及びその防止方法をもらさず記入して、医師及び一般大衆に対し警告を与える義務を負担しているというべきである。

(2) 医師に対する警告義務の内容

被告会社は、ストマイが薬事法四九条一項により販売等が制限されている要指示医薬品とされていることから、これを直接取り扱う医師に対し、ラべル、効能書その他の通知書などにより、以下述べるような内容の警告を与え、使用上の注意を喚起すべきである。

(イ) 医師は、次のことを行い、安全性を確認のうえでストマイを投与すること。すなわち、

患者に対し、ストマイの副作用の存在とその症状の告知をする。当該患者にストマイを投与することが適応であるかどうかを判断する前提として、患者に腎疾患がないかどうか等の健康状態、ストマイを投与され副作用の発生した近親者の有無、アレルギー体質の有無、ストマイに対し耐性でないかにつき問診ないし必要な諸検査を行う。

(ロ) ストマイ投与中の注意

ストマイの副作用として耳鳴り、耳閉感、難聴、全聾、眩暈等の第八神経障害、三叉神経痛、平衡感覚障害、造血機能障害、腎障害、一過性の口唇部のしびれ感、蟻走感、過敏症状、顔面発疹症状とともにする顔面の異常症状等があらわれる。

したがつて、医師は、患者に右のごとき症状がないか絶えず観察、問診検査を行うこと。ことに、ストマイによる聴力異常は自覚症状のない高音域からはじまるので、ストマイ施用開始後少くとも一か月に一度の割でオーデイオメーターによる聴力検査を行うこと。

(ハ) 副作用発生後の注意

前記のごとき副作用を患者の訴え、検査の結果により発見したときは、直ちにストマイ投与を中止し、ビタミン剤を大量投与するなどして、副作用の回復をはかり、または進行を防止すること。

(ニ) ストマイ使用後もオーデイオメーターによる聴力検査等をし、ストマイ副作用発生等の有無に注意すること。

(3) 一般大衆に対する警告義務の内容

一般大衆は、ストマイの副作用につき十分な知識を持つていないのであるから、ストマイの投与を受けた場合に、副作用の発生を医師に告げる時期を失する危険が大きい。したがつて、被告会社らのようにストマイの製造を業とする者は、これらの一般大衆を対象として広告宣伝等の適切な方法により、ストマイに前記のような副作用があること及び投与を受けた後に異常が生ずれば、直ちに医師に申し出て適切な治療を受けるべきことを告知し、警告すべきである。そして、このように解しても、ストマイが要指示医薬品であることと矛盾することはない。

(4) しかるに、被告会社らは、ストマイの副作用についての追跡調査をなすことなく、それぞれの製造するストマイに添付した効能書に、その副作用の一部についての記載を欠き、副作用の防止についても極めて簡略かつ不十分な内容の説明を掲記したにとどまり、その他医師に対して前記(2)のとおりの適切な警告を行わず、また、一般大衆に対しては何らの警告も行わなかつたのであるから、被告会社らには、前記(1)の義務を怠つた過失があるというべきである。そして、被告会社らが右の各措置をとつていれば、林医師及び原告のストマイの副作用に関する知識が補完される結果、原告の前記一3の症状は発生しなかつたか又はより軽度の症状に留まつたことは明らかであるから、被告会社らは、これにより原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告会社らの無過失責任

(1) 医薬品は、人の生命及び健康に重大な影響を及ぼすものであり、被告会社らは、その製造者として価額に対する上乗せ又は保険等によつて危険を分散することができる立場にあり、特に、本件の場合には、ストマイによる副作用症状が発生する蓋然性の高いことが医学上の常識として判明していたのであつて、被告会社らも、これを十分知悉して製造販売を行つていたのであるから、ストマイの副作用によつて原告に前記のとおりの症状が発生している以上、被告会社らは、たとえ無過失であつたとしても損害賠償の責に任ずるべきである。

(2) 仮に、右主張が認められないとしても、民法七一七条を類推して、被告会社らは、ストマイの副作用による障害につき、ストマイの製造者として前記と同様の責任を負うべきである。

三  損害

1 逸失利益

金八七一万二五四七円

原告の障害は、日本医科歯科大学第二附属病院耳鼻科において、ストマイ副作用による全聾であつて治療不可能と診断された昭和四五年九月九日の時点で、自動車損害賠償保険法施行令二条後遺障害等級表の第四級第三号に該当し、これを労働基準局通達(昭和三二年七月二日基発第五五一号)の別表を参照してみると、一〇〇分の九二の労働能力喪失と考えられる。

原告は、右の時点で主婦として家事に従事していたが、これは家政婦代相当額を家事従業者として労働によつて得ていたものと考えられるところ、職業家政婦の平均賃金は一日金二八〇〇円が相当であるから、毎月二五日間稼働するものとして毎月金七万円の収入を得ていたものと解される。

よつて、原告の就労可能年数を一七年とし、ライプニツツ式計算により原告の逸失利益を算出すれば、その金額は八七一万二五四七円となる。

2 慰藉料 金一五〇〇万円

原告の被つた障害によりその肉体的、精神的苦痛ははなだしく、これを金銭に換算すると少くとも一五〇〇万円を下まわるものではない。

3 よつて、各被告らに対し各自右合計金二三七一万二五四七円及びこれに対する被告国、同三共、同明治製菓については訴状送達の翌日たる昭和四六年九月二九日より、被告科研化学、同小玉については訴状送達の翌日たる昭和四八年九月一八日よりいずれも完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二  請求の原因に対する被告国の認否

1  請求の原因一1のうち、原告主張の通院及び投薬の事実は認めるが、その余は不知。

2  同一2のうち、原告主張の通院の事実は認めるが、その余は不知。

3  同一3は不知。

4  同一4のうち、本件ストマイが原告主張の日時に薬事法一四条による厚生大臣の製造承認を得たことは認めるが、その余は不知。

二1

(一)  同二1(一)(1)は認める。

(二)  同二1(一)(2)のうち、厚生大臣が本件ストマイの製造承認を行う際、ストマイに聴神経障害等の副作用が存することを知つていたことは認めるが、右聴神経障害が不可逆性のものであることがわかつていたこと、厚生大臣が本件ストマイの製造承認を行うについて原告主張の義務を負担していることは争う。

ストマイ使用による副作用の発現は、ストマイの投与量、期間、間隔、投与する際の医師の注意、患者の体質等と関連があるから、これを使用する医師が適当な予防措置を講ずることによつて副作用が防止される。医師の充分な注意にもかかわらず極めて少数の者に副作用が発現するとしても、ストマイによる結核の治療及び結核の伝染防止の利益に照らしてみれば、その副作用の発現はやむをえないところで、副作用の発現をみた患者に対する救済としてストマイの製造承認の段階であらかじめ措置を講じるか否かは立法の当否の問題であつて、かかる措置を講じていなかつたからといつて、国が不法行為の責を負ういわれはない。

(三)  同二1(一)(3)のうち、原告主張の救済措置が講じられていないこと及び厚生大臣が本件ストマイに対する製造承認をしたことは認めるが、その余は争う。なお、厚生大臣は、ストマイ副作用に対する予防措置を全く講じなかつたわけではなく、ストマイを薬事法四九条にいわゆる要指示医薬品に指定したし、同法五二条一号により、医薬品取扱業者に対して、添付文書等に使用及び取扱上必要な注意事項の記載を命じる措置をとつている。

2

(一)  同二1(二)(1)、(2)は認める。ただし、医師法二四条の二の解釈は争う。原告主張のペニシリンに関する通知は、右医師法の規定に根拠をおくものではなく、単なる行政指導としてなされたものである。

(二)  同二1(二)(3)のうち、ストマイの副作用を防止するためオーデイオメーターの使用が有効であることは認める。

(三)  同二1(二)(4)は争う。

医療行為は、それ自体高度の専門的知識を要するものであるし、対象患者の病状その他の諸条件は、千差万別であつて、これに対する医療行為には、個別的自由裁量がとくに必要とされる。そこで、我国では、医師法によつて、医師の資格を大学の医学の正規課程を修めて卒業した者で医師国家試験に合格したものに限定し、その者にのみ免許を与えることとし、また、免許資格取得後も大学の附属病院等において二年以上の臨床研修を求めるなど、医師の資質向上を指向する反面、医療行為そのものに関しては、医師の能力と良心を信頼し、国は、原則としてこれに干渉しないという方針がとられている。そして、医師法二四条の二の規定も、公衆衛生上重大な危害を生じるおそれがある場合に、これを防止するため特に必要があると認められるときに限つて厚生大臣の権限発動が許されるのであり、しかも、この場合には、あらかじめ医道審議会の意見を聞かなければならないとされ、権限行使につき、実体手続両面からの制約を設けている。このような点からストマイの投与について検討すると、ストマイは、薬事法四九条にいわゆる要指示医薬品に指定されている(昭和二三年厚生省告示第一〇七号)から、医師の処方箋の交付又は指示を受けた者以外には販売しないことになつており、かつ、原告が主張する副作用の存在は、医師、薬剤師等の専門家の間では常識になつており、したがつて、医師等が副作用防止に有効適切な措置を講ずる義務を負担していることも明白であり、ストマイの容器にも、薬事法五二条一号による取扱上の必要な注意として、右副作用の記載されている実情にあつて、このような場合には、厚生大臣が医師法二四条の二によつて医師に対し医療に関する指示ができる場合に該当するということはできない。

仮に、原告主張のように、本件が医師法二四条の二により厚生大臣において指示のできる場合に該当するとしても、それは、厚生大臣が公衆衛生の重大な危害の防止という国家目的達成のために国に対して負う義務であり、原告のようにストマイの副作用によつて被害を受けたとする個々の国民に対する義務ではないから、厚生大臣が右権限行使を怠つたとしても、違法の問題が生じる余地はない。

(四)  同二1(二)(5)のうち、厚生大臣が治療の指針において定期的にオーデイオメーター等による聴力検査を行うことを医師に要請しているが、医師に対してオーデイオメーターの設置又は使用を義務づける指示はしていない事実、右使用について医師に対する監督、管理をしていない事実は認めるが、その余の事実は不知。

(五)  同二1(二)(6)は争う。

現行医療の法体系として、国は、医療の内容に立ち入らない建前であることは、前記(5)のとおりであるから、医師は、個々の場合に応じて自己の最良と信じる医療を行うことになつており、林医師も、専門家として、ストマイの副作用及びその防止方法について充分な知識を有していたはずであり、また、有すべき義務があつた。したがつて、仮に、原告につき前記第一一3の諸症状が発現したことが、林医師においてオーデイオメーターの使用を怠つたことに起因するとしても、林医師のオーデイオメーター不使用と厚生大臣がその使用を義務づけなかつた不作為との間には、法律上の因果関係は存在しない。

3

(一)  同二1(三)(1)のうち、林医師の開設する林医院が結核予防法三六条一項により政令指定都市である川崎市の市長が国の機関として指定した指定医療機関であることは認めるが、その余は不知。

(二)  同二1(三)(2)は認める。

(三)  同二1(三)(3)は争う。

現行結核予防法は、我国が世界でも有数の結核患者発生国であつたことから、その絶滅を期するため、旧結核予防法にはなかつた医療費の公費負担を定め、結核の予防及び適正な医療の普及を目的として昭和二六年法律第九六号として制定されたものである。

その二条に規定されている「国及び地方公共団体は、(中略)結核患者の適正な医療につとめなければならない。」の意味するところは、同法の目的が結核患者の適正な医療の普及にあるところからみて、国等が適正な医療の普及のための施策の充実につとめなければならないことを明らかにする趣旨であつて、原告主張のように、国が医療行為そのものの履行主体となることを意味するものではない。

このことは、同法の内容全体を見れば、一層明らかである。すなわち、同法により国の事務として具体的に定められているのは、結核療養所の設置及び拡張の勧告(三三条)、指定医療機関の指定(三六条)、結核予防審議会の設置(四四条)、地方公共団体及び法人に対する負担及び補助(五六条ないし六〇条)であり、地方公共団体の事務として具体的に定められているのは、健康診断(四、五条)、予防接種(一三、一四条)、患者登録(二四条)、家庭訪問指導(二五条)、患者の従業禁止(二八条)、入所命令(二九条)、医療費の負担(三四、三五条)であり、これらの施策によつて、結核の予防と結核医療の普及を図つているものであつて、個々の結核患者に対し、医療の履行主体になつているものではない。なお、同法三六条二項の厚生大臣が医療基準を定める旨の規定は、厚生大臣に指定医療機関に対する個々の患者についての医療行為そのものを指導監督する権限を与えるものではなく、適正な医療の普及のための一般的指針を与えること及び公費の合理的効率的使用を図ることを目的としたものである。

また、指定医療機関が右医療基準外の医療、例えば、未だ医学界で定説化されていない研究的医療を施すことについては、都道府県等の費用負担の対象としない(同法施行規則二二条)けれども、そのような医療を行うことはもとより指定医療機関の自由であり、これが同法三六条五項による指定医療機関の取消等の不利益処分の対象となることはない。

(四)  同二1(三)(4)は争う。前記のとおりであるから、結核予防法の対象患者といえども、その医療については、他の病気と同様、医療機関との間に準委任契約の成立することがあるのは格別、国と当該患者の間に原告主張のような契約関係が成立する余地はない。

(五)  同二1(三)(5)のうち、林医師に原告主張の過失があつたことは不知。その余は争う。

4

(一)  同二1(四)(1)のは争う。

(二)  同二1(四)(2)のうち、林医師の開設する林医院が指定医療機関であることは認めるが、林医師に原告主張の過失があつたことは不知。その余は争う。

5  同二1(五)のうち、林医師の開設する林医院が指定医療機関としての指定を受けた事実は認めるが、その余の主張は争う。被告国は医療主体ではないから、林は国の被用者ではなく、その不法行為について国が民法七一五条の使用者責任を負ういわれはない。

三  同三は不知。

第三  請求の原因に対する被告会社らの認否

1  請求の原因一1ないし3は不知。

2  同一4のうち、本件ストマイが原告主張の日時に薬事法一四条による厚生大臣の製造承認を得たことは認めるが、その余は不知(ただし、被告明治製菓は、同社が製造したストマイが原告に投与されたことは否認する。)。

二1

(一)  同二2(一)(1)のうち、ストマイには、その製造当初から副作用の生じる可能性が医学上の常識として判明していたことは認めるが、その余は争う。

ストマイは、抗結核薬としてその投与方法がすでに定型化されており、また、その副作用は、昭和三〇年代以前からすでに明らかにされており、更に、これを防止し又は進行を喰い止めるための措置や、それに必要な諸検査も明白にされていたから、ストマイの副作用について原告主張の追跡調査が必要であるとは考えられない。なお、結核の実態については、昭和二八年以降五年毎に厚生省により極めて精度の高い全国調査等が定期的に実施され、更に、毎年同省から結核登録者に関する定期報告が発表されている。

また、ストマイの使用状況等につきふれた文献、医学雑誌、新聞等は枚挙にいとまがなく、このような資料等により当時すでに明白にされていた副作用の内容やこれに対する対策に特設の変化のない現在において、被告会社らが原告主張の調査を行つたとしても、その結果は、これと全く異らないものとなつたであろうことは明らかである。更に、このような調査の実施も、医師に対し報告を義務づける何らの法的根拠も持たない被告会社らには不可能なことでありいずれにしても原告の主張は、失当である。

(二)  同二2(一)(2)のうち、ストマイが原告主張の要指示医薬品であることは認めるが、その余は争う。

ストマイの使用は、必ず医師の診察、指導及び監督のもとに行われるものであるが、結核治療に当たる医師の必読文献として原告が前記第一二1(二)(1)で指摘する治療指針及び医療基準があり、そこでは、抗結核薬を用いる化学療法の内容が平易かつ具体的に示されているのであつて、ストマイ等の抗結核薬の副作用とこれに対して医師の払うべき注意事項も詳細に述べられている。また、ストマイが我国で使用されるようになつた昭和二三年以降、結核医療に関し、多数の研究団体から医家向雑誌が出版され、これらには、ストマイの副作用とその対策がくり返し論じられていたことから、一般医師間においても、これに関する知識は、十分に普及していたのであり、被告会社らが医師に対し、屋上屋を重ねるような原告主張の警告義務を負担するものではない。

仮に、被告会社らに原告主張のごとく医師に対する警告義務があるとしても、右義務は、被告会社らが薬事法五二条一号に基づきストマイ製剤に添付して能書を医師に対しそれぞれ配布していることにより尽くされている。右能書は、ストマイの副作用に関する検査方法等についてまでは触れていないが、今日知られているストマイの副作用の主要な症状をすべて網羅しており、これに対応する医療上の検査及び対策は、医学的知識を持つ医師にとつては、容易に導き出すことができるはずのものであり、かつ、患者の具体的容態を現認している医師の裁量に委ねられるべきことがらであつて、これらの検査及び対策が本来医師の診療行為そのものに属することを考えれば、医師の資格のない被告会社らがその具体的内容についてまでとりたてて指示すべき性質のものではない。したがつて、右能書にストマイ副作用の検査方法、副作用が発現した場合の具体的措置等についての記述がなくとも、被告会社らの前記義務の履行に欠けるところはない。

(三)  同二2(一)(3)は争う。

結核は、昭和二五年まで死因順位で第一位を占めており、この対策が戦後の我国の重要な課題であつたため、厚生省が前記第三二1(一)の調査等を定期的に行うとともに、民間団体による結核予防運動、啓蒙宣伝、研究及び研修活動も活発に行われ、一般大衆向の結核に関する啓蒙書が多数刊行された。これらの書物には、ストマイの副作用とこれに対する注意事項が平易に説明されており、昭和三〇年代から昭和四〇年代にかけて結核の化学療法に関心をよせる者にとつて、ストマイの副作用についての知識が普及するに至つた。そして、その当時ストマイの副作用として述べられていた内容は、今日知られている事項をすべて網羅しており、副作用に対する対策にも何ら変化がない。これに加えて、ストマイが要指示医薬品であつて医師の手を経なければ投与されることはなく、かつ、厚生省の定める医療用薬品として一般大衆向の広告を禁じられた薬品であることを考えれば、被告会社らに原告の主張する大衆に対する警告義務がないことは明らかである。

(四)  同二2(一)(4)は争う。

被告会社らの能書には、ストマイの副作用として、口唇部のしびれ感及び蟻走感が記載されていないが、これらは一過性の副作用であり、かつ、全聾の前駆症状たる副作用ではない。また、同様に耳閉感についての記載もないが、耳閉感は、第八脳神経障害の初発症状でもなければ、右と関連した症状でもない。そして、原告がはじめて耳の閉塞感を訴えたのは、同人に対するストマイ投与も最終段階に至つた昭和四三年八月七日となつたからであつた。

したがつて、これらの副作用が当初能書に記載されてなかつたからといつて、これにより林医師の過失が招来されたとも、また、原告の主張する障害の発生との間に因果関係が存するとも解せられない。

2

(一)  同二2(二)(1)は争う。

原告らの主張は、現行法の建前である過失責任主義と相容れない。のみならず、ストマイの副作用の存在自体は、医学上の常識であつとしても、全聾のような回復不能かつ重篤な症状は、決して発生の蓋然性が高いとはいえない。また、ストマイには、その副作用のもたらす欠陥を補つてあまりある有用性があり、結核患者にとつて不可欠の医薬品であることを考えれば、立法論としてもストマイの製造者に無過失責任を課す基準を欠くというべきである。

(二)  同二2(二)(2)は争う。

民法七一七条の趣旨を動的な企業設備にまで及ぼすことさえ困難とされる以上、ストマイのように被告会社らの手を離れて転々譲渡される物にまで、これを類推することは困難である。のみならず、ストマイが瑕疵のある土地の工作物と同じような意味で人体に対して危険性が高いものということはできないうえ、原告に投与されたストマイの所有者でも占有者でもない被告会社らが同条の類推適用を受ける余地はない。

三  同三は不知。

(証拠)<省略>

理由

第一書証の成立について<省略>

第二被告国に対する請求について

一被告国に対する請求原因事実中、一1の原告の通院及び原告に対する投薬の事実、一2の原告の通院の事実、一4のうち本件ストマイが別表二記載の日時に薬事法一四条による厚生大臣の製造承認を得たこと、二1(一)(1)記載の事実、二1(一)(2)のうちストマイに同所挙示の副作用があり、厚生大臣が本件ストマイの製造承認当時すでにストマイに聴神経障害等の副作用が存することを知つていたこと、二1(一)(3)のうち立法ないしこれに準ずる方法による同所挙示のストマイ副作用の救済措置が講じられていないこと、二1(二)(1)、(2)記載の事実(ただし、医師法二四条の二の解釈は除く。)、二1(二)(3)のうちストマイの副作用防止のためオーデイオメーターの使用が有効であること、二1(二)(5)のうち、厚生大臣が治療の指針において定期的にオーデイオメーター等による聴力検査を行うことを医師に要請しているか、医師に対してオーデイオメーターの設置又は使用を義務づける指示はしていない事実、右使用について医師に対する監督、管理をしていない事実、二1(三)(1)、(四)(2)、(五)のうち林医師の開設する林医院が結核予防法三六条一項により政令指定都市である川崎市の市長が国の機関として指定した指定医療機関であること並びに二1(三)(2)記載の事実は、いずれも、原告と被告国との間で争いがない。

二そこでまず、ストマイの薬理及び我国においてこれが使用されるに至つた経緯等について検討する。

<証拠>によれば、次のとおりの事実が認められ、<る>。<証拠判断略>

1  ストマイは、土壌中に生息する放線状菌の一種であるストレプトマイセス・グリセウスが産生する抗菌生物質の一種であり、昭和一八年アメリカのワツクスマンによつて発見された。

2  ストマイは、結核菌、癩菌などのグラム陽性桿菌及び大腸菌、赤痢菌などのグラム陰性桿菌によく作用し、一〇〇万分の一グラムでもその繁殖及び活動を抑止する力を有するが、わけても発見当時薬物治療に決め手のなかつた結核に対する特効薬として注目され、昭和二三年五月及び七月ころにはわが国の学会においてもその研究発表が行われ、同二四年三月ころにはわが国にも輸入されるようになり、同年六月には厚生大臣の諮問機関であるストレプトマイシン研究協議会が結成され、同年一二月二〇日厚生省告示第二七五号により、薬事法(昭和二三年法律第一九七号)三二条一項の規定に基づきストマイの製造基準が定められ、右基準は昭和二五年一二月一六日厚生省告示二九九号をもつて改正され、同日ジヒドロストマイの製造基準が厚生省告示第三〇一号をもつて告示され、国内生産に伴つて全国的に蔓延していた結核の治療に著しい効果をあげた。

3  ストマイは、当初硫酸塩として用いられる硫酸ストマイが一般であつたが、硫酸ストマイには、その生産開始当初から憂慮すべきいくつかの副作用の存在が報告されていた。そのうち一部のものについては、製剤の純度を高めることにより除去されたが、副作用中には第五脳神経に作用し異常を生ぜしめ、口唇部のしびれ感及び蟻走感等を生ぜしめるものその他多くの副作用がなお存し、特に第八脳神経の障害は、解消されず、ストマイの本来的副作用であると考えられるようになつた。

4  硫酸ストマイは、前記のとおり、第八脳神経に対し障害を与える場合があるが、その中でも特に前庭機能神経に対する障害が顕著で、通常の使用量でもめまい及び平衡感覚失調を来す例が見られ、しかも、これは一般に不可逆で回復しないものである。

5  そこで、その後、硫酸ストマイに代つて、ジヒドロストマイなどの製剤が開発されたが、ジヒドロストマイは、前庭機能障害を惹起することは少ないものの、硫酸ストマイでは比較的障害の少なかつた第八脳神経の一部である蝸牛神経(聴覚神経)を不可逆的に強く侵襲し、耳鳴及び難聴を来す例が見られ、なかには、全聾に至る事例までも出現した。そこで、薬効を保持しながらこれらの副作用を減ずるために、硫酸ストマイとジヒドロストマイを等量づつまぜ合わせた複合ストレプトマイシン(以下「複合ストマイ」という。)が考案され、一時多用されたが、副作用の減少について思わしい効果がなく、結局聴覚障害に比べ前庭機能障害の方が視覚等他の感覚により補正できる可能性が高いことから、硫酸ストマイが再評価され、ジヒドロストマイ及び複合ストマイは、生産中止となつた。

6  ストマイによる聴覚障害は、ストマイの作用により聴神経末端の蝸牛回転の有毛細胞が退行変性を来し回復不可能な強度の器質的病変を起すために生じるものとされ、その病変は、日常生活に支障のない八〇〇〇ヘルツ以上の音を感じる部分から進行を開始するため、難聴等の自覚症状が出現するようになつたときは、相当病変が進行していて手遅れとなる場合が多く、これを早期に発見し聴覚障害を軽度に食い止めるためには、ストマイ投与前及び投与中の定期的な聴力検査が不可欠であり、これには、音叉等による検査法もあるが、低音部から高音部までの聴力を正確に測定できるオーデイオメーターを使用することが最も望ましいとされている。また、ストマイの聴覚神経に対する障害は、その投与の方法、患者の体質等と関連があり、常に必ず発現するものではないが、大量使用の場合などに発現することが多く、腎機能に障害があり、ストマイの血中濃度が上昇するような例などでは、少量の使用でも出現することがあるので、障害防止のためには、ストマイの投与前後における腎機能検査も必要とされる。

7  ストマイによる聴力障害の治療法としては、活性型ビタミンB1高単位療法ないしATP製剤投与による内耳代謝促進のほか、二、三の療法が行われているが、前記のとおり、ストマイによる聴力障害が回復不可能な強度の器質的病変によるものであるため、これらの治療法によつても聴力の大幅な回復はほとんど期待できない。

三そこで、次に、被告国の責任原因事実について順次検討を加える。まず、請求の原因二1(一)の責任原因について判断する。

ストマイの薬理及びこれが我国において薬事法に基づく製造基準が定められ、製造されるに至つた経緯については前記認定のとおりである。右事実によれば、ストマイは時に人体に対し重篤な障害を生ぜしめる場合のあることは否定し難い。

それ故、厚生大臣は、右副作用に対する予防措置として、ストマイを昭和三六年厚生省告示第一七号をもつて薬事法四九条一項にいわゆる要指示医薬品に指定して、ストマイを専門家以外の者による非科学的使用を防止し、同法五二条一号によつて添付文書等にその副作用その他使用及び取扱上の注意事項を記載すべきことを義務づけ、ストマイの医師等による適正なる使用の確保をはかり、かつまた、昭和三八年六月七日保発第一二号都道府県知事あて厚生省保険局通知をもつて「結核の治療指針」を示し、右指針において定期的にオーデイオメーター等による聴力検査を行うことを医師に要請している(右事実は、当事者間に争いがない。)のであつて、これらの事実によれば、被告国はストマイの施用による副作用の発現防止のため法令その他により事前の予防措置を講じているのであるから、これが予防措置を講じるのを怠つている旨の原告の主張は理由がない。

また、被告国はストマイの副作用の発現に対し立法ないしそれに準ずる方法により前後の救済措置等を講ずべきであるとの原告の主張については、前記認定のごとく、ストマイによる前記副作用が常に必ず発現するものとは限られず、医師の適当な措置によつてその発現並びにその進行が防止されうるものであり、原告主張の措置は国政全般にわたつての関連のうえに立つて政治的判断のもとに決せられる事項であるから、ストマイの副作用による障害の程度が場合により重篤であることを考慮においたとしても、被告国が原告主張の措置を講じていなかつたことが違法であり不法行為の責を負うべきであるとすることではきない。

それ故、原告の請求の原因二1(一)の主張は理由がない。

四次に、請求の原因二1(二)の責任原因について判断する。

1  医療行為は、個人差の大きい患者の生体を直接扱うものであるから、人体に対し重大な危害を与える可能性が高く、これがため、高度の医学的知識及び技術をもつてすることを要するものである。そこで、医師法は、医師でなければ医療行為を業として行うことができないものとしたうえ(医師法一七条)、医師の資格を厳しく限定して(同法二条ないし六条、九条ないし一四条)不適格者が医師となることを防止し、これにより医療行為にともなう危険の除去を図る一方医師の高度の医学的専門知識を信頼し、医療行為に関して医師の大幅な裁量を認め、国ないし厚生省は原則として個々の医療行為に介入しないこととし、公衆衛生上重大な危害を生ずるおそれがある場合に限つて、例外的に厚生大臣が医道審議会の意見を聞いたうえ、必要な指示をすることができる(同法二四条の二)ものとしている。

ところで、右の医師法二四条の二の規定は、いわゆる東大病院輸血梅毒事件が機縁となつて昭和二四年五月一四日法律第六六号によつて新設されたものであるが、前述した医療行為の本質とこれに基づく医師法の諸規定によつてみれば、軽々に右規定の適用を肯定すべきものではなく、厚生大臣が右条項に基づいて医師に対して指示をすることが許されるのは、一般に医師が充分な対策を講じていないため、公衆衛生上広く人体に対する危害発生の危険性が著しく大きく、その被害発生防止のため他に適当な措置が講じられていないなどのため特に必要があると認められる場合に限られるものと解すべきである。そして、指示を受けるべき医師側について、指示に従うべきことが法令上明示されていないところから、右指示は法的拘束力のないものであり、また、指示を発しうべき前記要件とことがらの性質からみて、指示を発すべきかどうかは、厚生大臣の広範な裁量にゆだねられているものというべきである。

2  そこで、本件において厚生大臣が同法二四条の二に基づく指示をしなかつたことが違法といえるかどうかについて検討する。まず、ストマイによる副作用の内容は前示のとおりであり、その作用は不可逆的で聴力の回復は殆んど望めず、最悪の場合には聴覚を失うに至る場合もあるのであるから、人体に対する危害は由々しきものというべきである。他方、これを予防するための聴力検査として、オーデイオメーターを使用することが望ましいことは前示のとおりである。すなわち、<証拠>によれば、オーデイオメーターは、一二五ヘルツから八〇〇〇ヘルツまでの種々の周波数の純音を電気的に発振し、音の強さをマイナス一〇デシベルから九〇デシベルまで五デシベル単位で変化させ、左右両耳の気導聴力及び骨導聴力を精密に測定することができる装置であることが認められ、ストマイによる聴力障害が前示のとおり、五〇〇ないし二〇〇〇ヘルツの日常会話音域外の高音部から進行を開始するため、ストマイ投与前後の定期的なオーデイオメーターによる聴力検査により、早期に聴力障害の有無を察知することが可能となるものであり、ストマイ副作用の防止に有効かつ適切なものであることは疑いがない。しかしながら、<証拠>によれば、ストマイの副作用による聴力障害は必ず発現するとは限らず、聴力喪失に至る場合は更に数少ないことが認められるから、このような場合には、未だ公衆衛生上広く人体に対する危害発生の危険性が著しく大きい場合に当たるとはいえない。そして、他方、厚生大臣が昭和三八年六月七日保発第一二号都道府県知事あて厚生省保険局長通知をもつて「結核の治療指針」を示し、右指針において定期的にオーデイオメーター等による聴力検査を行うことを医師に要請していることは、当事者間に争いのないところ、右事実によれば、厚生大臣としては一応医師に対してオーデイオメーターの使用を要請しているのであるから、さらに医師法二四条の二に基づきオーデイオメーターの使用を指示することは、右指示が格段の法的拘束力を有しないものである以上、屋上屋を重ねるにすぎず、このような場合には結局、右医師法の規定に基づき指示を発しうる場合である被害発生防止のため他に適当な措置が講じられていない場合にも当たらないというべきである。

以上によつてみれば、厚生大臣が医師法二四条の二に基づき結核医療に携わる医師に対し、オーデイオメーターの設置又は使用を義務づけるべく指示すべき要件が具わつていたとは認められないから、厚生大臣に同条に基づき課せられた義務違反の違法があるということはできない。

3  また、原告は、厚生大臣、川崎市高津保健所結核診査協議会及び厚生省保険局長らの行政指導の懈怠をいうが、これらがいかなる義務を怠つたものであるか明らかでなく、右事実のみからただちに同人らの行為が違法であるとすることはできない。

4  以上の次第であるから、原告の請求の原因二1(二)主張も、その余の点について判断するまでもなく失当である。

五次に、請求の原因二1(三)の責任原因について判断する。

1  結核予防法は、結核の予防及び結核患者に対する適正な医療の普及を図ることによつて、結核が個人的にも社会的にも害を及ぼすことを防止し、もつて公共の福祉を増進することを目的とする(同法一条)ものであり、この目的を達成するため、国及び地方公共団体は、結核の予防及び結核患者の適正な医療につとめなければならない(同法二条)とされまた、医師その他の医療関係者は、これに協力しなければならない(同法三条)とされている。ところで、右のとおり同法二条は国及び地方公共団体が結核患者の医療につとめなければならないと規定しているが、これは、国及び地方公共団体が自ら結核患者の医療を行うべきことを定めた趣旨と解すべきではない。以下、その理由を述べる。

2  結核予防法は、同法に定める前記目的を達成するため、国及び地方公共団体並びに医師等の具体的責務ないし事務として、次のとおり定める。

まず、(一)国については、(1)結核患者の医療に関し、厚生大臣において都道府県、市その他必要と認める地方公共団体に対し結核療養所の設置及び拡張を勧告すること(同法三三条)、厚生大臣において国が開設した病院若しくは診療所又は薬局につきこれを指定医療機関として指定し、また、その取消をすること(同法三六条一項、五項)、厚生大臣において指定医療機関のよるべき担当規程を定めること(同条二項)及び厚生大臣において指定医療機関の管理者に対し、医療の公費負担に関する事項につき報告を求め、診療録等の検査をし、また、必要に応じ診療報酬支払の差止等をすること(同法四二条一項、二項)並びに(2)結核予防にも関連することがらとして国において結核予防審議会を設置すること(同法四四条)国庫において所定の費用の負担ないし補助をすること(同法五六条の二、五七条、五九条、六〇条)、が定められている。

また、(二)地方公共団体については、(1)健康診断及び伝染予防等に関し、保健所長において事業者等に対し健康診断の期日の指定等について指示をすること(同法四条二項)、市町村長において管轄区域居住者に対し定期健康診断を実施すること(同条三項)、都道府県知事において所定の者に対し定期外健康診断を実施すること(同法五条)、市町村長において定期の予防接種を実施すること(同法一三条一項ないし三項)、都道府県知事において定期外の予防接種を実施すること(同法一四条)、市町村長において予防接種により健康被害を受けた者に対し給付を行うこと(同法二一条の二、一項)、保健所長において結核登録票を備え、登録者に対し精密検査及び訪問、指導を行うこと(同法二四条一項、二四条の二、二五条)、都道府県知事において所定の結核患者に対する従業を禁止し、また、結核療養所への入所を命ずること(同法二八条一項、同法二九条一項)及び都道府県知事において所定の場所及び物件の消毒、廃棄等を実施し、また、必要に応じて所定の場所への立入、関係者への質問及び必要な調査をし、都道府県はその損失を補償すること(同法三〇条、三一条一、三項、三二条)、が規定されており、また、(2)結核患者の医療に関し、都道府県において一般患者及び従業禁止又は命令入所患者の所定の医療費の一部負担をすること(同法三四条一項、三五条一項、四一条一項)、都道府県知事において国以外の者の開設にかかる病院、診療所又は薬局についてこれを指定医療機関として指定し、また、その取消しをすること(同法三六条一項、五項)、都道府県知事において省令の定めに指定医療機関に対し、結核患者に対する医療について指導を行うこと(同条三項)、都道府県において指定医療機関に対し、同法三四条一項又は三五条一項所定の費用を支払うこと(同法三八条二項)、都道府県知事において指定医療機関の診療内容及び診療報酬の請求を随時審査し、診療報酬額を決定すること(同条三項)及び都道府県知事において指定医療機関の管理者に対し、医療費の公費負担に関する事項につき報告を求め、診療等の検査をし、また、必要に応じ診療報酬支払の差止等をすること(同法四二条一項、二項)並びに(3)結核予防及び結核患者の医療の双方に関連することがらとして、都道府県ないし市町村において所定の費用の支弁又は補助をすること(同法五一条、五二条、五六条)が定められている。

一方、(三)医師その他の医療関係者については、(1)健康診断及び伝染予防等に関し、医師において保健所長に対し結核患者の届出をすること(同法二二条一項)、病院の管理者において保健所長に対し結核患者の入退院の届出をすること(同法二三条一項)及び医師において結核患者又はその保護者若しくは看護者に対し、また、結核患者の死体のある場所を管理する者等に対し、消毒その他の伝染防止に必要な事項を指示すること(同法二六条、二七条)が規定され、また、(2)結核患者の医療に関し、指定医療機関において厚生大臣の定めるところにより懇切丁寧にその医療を担当すること(同法三六条二項)及び指定医療機関において省令で定めるところに従い都道府県知事の行う指導に従うこと(同条三項)が定められている。

3  以上を通覧すると、結核患者の医療に限つて考えれば、国に関連する事項は、広く都道府県ないし都道府県知事を含めても、療養所の設置等の勧告、指定医療機関の指定及びその取消、指定医療機関の担当規程の策定、省令に従つた指定医療機関の指導及び結核患者の医療費の一部負担、これに関連する診療内容等の審査、診療報酬額の決定、診療報酬の支払、これらに関する調査等、診療報酬支払の差止並びに結核予防審議会の設置等に限られる。

そして、以上の国及び地方公共団体の行うべき事務等のうち、療養所の設置等の勧告及び結核予防審議会の設置は、結核患者の医療そのものとは直接関係がなく、指定医療機関の指定及びその取消は、結核患者の医療に密接に結びつくものであるが、医療行為そのものに関連することがらではなく、医療費の一部負担も適正な医療の普及を図る目的で行われるものであり、給付者が医療の主体とならないことは、健康保険法等に基づく医療費の給付を行う保険者の場合と同様である。また、医療費の負担に関連する診療内容等の審査、診療報酬額の決定、診療報酬の支払、これらに関する調査等及び診療報酬支払の差止等は、すべて、結核患者の医療の公費負担を効率的かつ適正に運用するために行われるものであつて、個々の診療行為の内容に立入つて、これに介入するものでないことは明らかである。更に、指定医療機関の担当規程の策定及び省令に従つた指定医療機関の指導も、結核患者の医療の公費負担に関する前記の諸規定と相まつて、公費の効率的かつ適正な運用を担保するために設けられた規定であり、右担当規程及び指導は、この目的を実現する限度において策定され或いは行われるべきものであつて、性質上医療の一般的方針ないし指針を定め、指導する限度に限られるものであり、個々の医療行為の具体的内容に属することがらについてまで立入つて規定し又は指導することを許すものではない。このことは、同法三六条二項に基づき定められた結核予防法指定医療機関医療担当規程(昭和二六年厚生省告示第二二三号)第三条ないし第六条が医療の一般的方針ないし指針を定めていること及び前記指導につき準拠すべき省令である結核予防法施行規則(昭和二六年厚生省令第二六号)二八条が一般的事項の指導を前提とした規定となつていることからも明らかである。

4  以上のとおり、結核予防法は、国及び地方公共団体が結核患者の医療に直接関与することを予定しておらず、むしろ同法の規定上指定医療機関が結核患者の医療を担当する者であることは明らかであるから、国及び地方公共団体の行う事務等が前述のようなものに留まるものである限り、結核患者の医療の主体は、医師が開設し又は管理し若しくは勤務する病院ないし診療所等である指定医療機関というべきであつて、国が医療の主体になるとする原告の主張は失当である。このように理解することは、前述の医療行為の性質、すなわち個人差の大きい患者の生体を直接扱うため高度の医学的知識及び技術を要することからこれを扱う医師の資格を厳しく限定し、反面医師を信頼してその大幅な裁量を認め、国ないし厚生省が個々の医療行為に干渉しないことを原則としていることからみても当然のことであり、前記の国等が行うべきことがらも右の原則に抵触するものではない。結核予防法二条は、「国及び地方公共団体は、」「結核患者の適正な医療につとめなければならない。」と規定し、あたかも国及び地方公共団体が直接結核患者の医療に携わることになるかのような表現を用いているが、前記のとおり国等が結核患者の医療に直接関与すべき具体的規定は皆無であり、また、結核予防法は、主として憲法二五条二項を受けて規定された法律であることは明らかであるところ、同二項によれば、「国は、」「公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とされており、このような点を総合して考えれば、結核予防法二条にいう「結核患者の適正な医療につとめなければならない」という趣旨は、結核患者の適正な医療の普及と医療水準の向上等につとめなければならないということであり、これをもつて国及び地方公共団体が結核患者の医療主体となるべきことを規定したものと解することができないことは明らかである。

5  以上のとおりであるから、原告の請求の原因二1(三)の主張も、その余の点に触れるまでもなく失当である。

六最後に、責任原因二1(四)、(五)について判断する。

結核予防法に基づく結核医療の主体が被告国ではなく治療に当たる個々の医師と解すべきことは、先に述べたとおりであり、結核患者の治療行為自体は国の事務とはいえず、したがつて、治療にあたる医師は国のため公権力を行使する権限を委託された者に当たらないから、これについて国家賠償法一条が適用される余地はない。それ故、原告の請求原因二1(四)の主張も、その余の点について触れるまでもなく失当である。

また、同様に、被告国は、結核医療の主体ではないから、治療に当たる医師がこれに関し被告国の被用者であると解すべき余地はなく、したがつて、原告の請求原因二1(五)の主張も、その余の点について検討するまでもなく失当である。

七以上の次第であつて、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

第三被告会社らに対する請求について

一被告会社らに対する請求原因事実中、本件ストマイが別紙二記載の日時に薬事法一四条による厚生大臣の製造承認を得たこと(ただし、被告明治製菓については、同社が製造したストマイが原告に投与されたことを除く。)、その製造当初からストマイに副作用の生じる可能性が医学上の常識として判明していたこと及びストマイが薬事法四九条一項により販売等が制限されている要指示医薬品であることは、原告と被告会社らの間で争いがない。

二そこで先ず、本件ストマイ中に被告明治製菓の製造したものが存するかどうかについて検討する。

<証拠>によると、林医師が本件ストマイを使用した当時同人はストマイを専ら訴外秋島薬品株式会社より購入していたが、右訴外会社より購入したストマイ中には被告明治製菓のものは存在しなかつたこと、林医師はその他にも訴外花田某医師より若干のストマイを譲受けていたが、その中にも右被告製造のものは存在しなかつたこと、したがつて、結局本件ストマイ中には右被告製造のストマイは存在しない事実を認めることができる。訴取下の原告(以下「原告」という。)青山猛の供述によれば、林医師は昭和四六年四月ころ青山猛の問に対して、原告に対して使用したストマイは被告三共と同明治製菓のものである旨答えた事実を認めることができるが、<証拠>によれば、右は確たる資料に基づくものでなく推量で答えたものであるにすぎないことが認められ、<る>。<証拠判断略>

右事実によれば、原告の被告明治製菓に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

三次に、被告三共、同科研化学、同小玉ら(以下右被告三名を「被告会社三共ら」という。)につき、請求の原因二2(一)い責任原因について判断する。

1  前記文二二認定のとおり、ストマイの使用は憂慮すべき副作用を伴うものであるが、このように本来期待される効能以外に諸種の副作用が発生しうべきことは、人間の生体に摂取されこれに直接作用するというその性質からみて医薬品一般について予想されることがらであり、また、医薬品の種類によつては、その副作用が人の健康に重大かつ回復不能の侵襲を与える可能性があることは、前述したストマイの副作用を考えれば容易に予測がつくところである。ところで、このような医薬品の副作用については、医薬品の製造業者は、当該医薬品を大量かつ継続的に取り扱うのが通常であり、副作用の調査をすべき素材にはこと欠かず、医学界、薬学界、各種研究機関、医療機関、団体等との提携関係を保ちやすい立場にあり、かつまた、当該医薬品の製造によつて利益を挙げうるから、医薬品の製造業者は、厚生大臣の製造承認を得て製造した医薬品についても、その副作用の発生状況などについて追跡調査、研究等を行い、その副作用を回避して安全性を確保するためにより適切な手段、方法などの発見につとめ、その成果を医師等の使用者に知らしめるべく努力しなければならないことは、それが法的義務と言えるかどうかはともかくとして、蓋し当然である。しかるところ、被告会社らが本件ストマイ製造までの間にそのような追跡的調査、研究などの努力を重ねたとの事実は、本件記録上これを認めるに足りる証拠はない。しかし、<証拠>を総合すれば我国においてストマイが製造されるようになつてから昭和四〇年代のはじめにかけて、医学界、医療機関、各種研究団体等において広くストマイ施用による副作用の発現状況、その対策等についての調査研究が遂げられ、その結果が医学関係の文献、雑誌、新聞等により公表され、また、国も中央薬事審議会の医薬品安全対策特別部会及び医薬品副作用調査会等においてストマイ使用上の注意事項を検討し、その結果を昭和四三年一二月二七日薬発第一〇一九号厚生省薬務局長通知をもつて各都道府県及び関係団体に対し通知した事実を認めることができる、右の事実によれば、被告会社らにおいて原告主張のごとき調査研究を行つたとしても、ストマイの副作用の回避防止のためにより以上に優れた対応策が得られ、これがため原告の本件症状の発現もしくは増悪を防止しえたとまで認めることはできない。

したがつて、被告会社らが前記の調査、研究などの努力を重ねなかつたことと原告の本件損害との間には因果関係がないものというべきである。

2  ところで、薬事法(昭和三五年法律第一四五号)五二条は、「医薬品は、これに添付する文書又はその容器若しくは被包に、次の各号に掲げる事項が記載されていなければならない。」とし、その第一号として「用法、用量その他使用及び取扱い上の必要な注意」と規定する。右のとおり薬事法が医薬品につきその添付文書等に当該医薬品の使用上の注意事項等が記載されることを要求しているのは、医薬品の安全確保の目的から、医薬品に関しての副作用等についての注意が正しく医師等の使用者に喚起され、当該医薬品の適正なる使用を確保するためであると解され、ことの性質上、右の記載は医薬品製造業者又は輸入業者においてすべきものであるから、右規定は、これらの者に右の記載をすべきことを義務づける根拠規定というべきである。してみれば、医薬品製造業者は、その製造した医薬品につきその副作用等使用上の注意事項を添付文書等に記載して使用者たる医師等にその注意を喚起すべき薬事法上の義務を有すると解するのが相当である。

3  そこで、被告会社三共らにおいて本件ストマイにつき右規定に従つた措置をとつていたかどうかについて検討する。しかるところ、被告会社三共らが本件ストマイに添付していた添付文書たるいわゆる能書には、ストマイの副作用として口唇部のしびれ感及び蟻走感並びに耳閉感についての記載のないことは、原告と右被告会社三共らとの間において争いがない。そして、本件ストマイにつき他の容器若しくは被包にストマイの副作用として前記各症状が記載されている事実は認められない。ところで、右副作用のうち口唇部のしびれ感及び蟻走感については、<認拠>によれば、第五脳神経に作用し異常を生ぜしめるものであつて、ストマイの副作用のうち重篤な障害たる難聴、全聾等をもたらす第八脳神経に対する侵襲によるものとは異り、かつ、一過性のものと解せられていたふしはあるが、すでに、昭和三五年一二月発行の防衛衛生七巻一二号、昭和三九年八月一日発行の健康会議一六巻八号、昭和四〇年五月二九日発行の日本医事新報二一四号、昭和四一年一〇月五日発行のもつとも新しい化学療法のすべてにストマイの副作用として口唇部のしびれ感を生ずることが臨床例と共に発表されている事実を認めることができる。右事実によれば、他に特段の反証のない本件においては、本件ストマイ製造当時ストマイにその副作用として口唇部のしびれ感及び蟻走感の生じることあるのは、医学専門の文献、雑誌等において相当の根拠をもつて広く警告され、被告会社三共らも右事実を充分了知していたものと推認することができる。そして、ストマイの副作用のうち口唇部のしびれ感及び蟻走感は、他の第八脳神経に作用する副作用と比較して人体に重篤な障害を生ぜしめるものとはいい難いけれども、右副作用とは別個の独立した副作用であり、人体に対し或程度の障害を与えるものであることは否定しがたいし、また、当該人体にストマイ施用による副作用が発現したことを明確にし他の重篤な障害を生ずる副作用の発現に対する警戒を抱かせるためにも、前記薬事法五二条の目的、趣旨に照らし、被告会社三共らは本件ストマイの能書にこれらの知れたる副作用を記載すべき薬事法上の義務があつたものといえる。このことは<証拠>によつて認められる前記昭和四三年一二月二七日薬発第一〇一九号厚生省薬務局表通知が薬事法五二条一号に規定する最小限の使用上の注意事項としてストマイの副作用につき一過性の口唇部のしびれ感・蟻走感を記載すべきものとしていることより見ても明らかであり、同条一項ただし書によつて厚生省による別段の定めがなされていない以上、このような副作用が一般に知られているからといつて、被告会社三共らはもとより右義務を免れることはできないというべきである。したがつて、被告会社三共らが本件ストマイにつきその能書又はその容器若しくは被包にストマイの副作用として前記症状を記載しなかつたことは、故意又は過失に基づき、薬事法上の前記義務に違反し、本件ストマイを使用すべき医師等に対する警告を怠つたものというべきである。

4  そこで、進んで、被告会社三共らの右の行為と原告の被害との間の因果関係について検討する。

(一)  <証拠>によると、現在原告は両側性全聾、強い左右の耳鳴り、頭痛、三叉神経痛、平衡障害、自律神経失調症、肩こり等の症状の存する事実が認められ、前記認定のストマイの副作用に関する事実並びに<証拠>によれば、右は林医師が原告に対し、肺結核の治療として投与した(昭和四二年一〇月一日より同四三年五月九日まで第一クール五一本、同年六月二〇日より同年八月二八日まで第二クール一六本。別紙一診療経過表記載のとおり、ただし、被告明治製菓製造とある部分は製造者不詳であり、投与日のうち、昭和四二年一二月二七日、同月三〇日、昭和四三年三月七日、同年五月一五日より同年六月三日まで、同年八月九日の分は除く。)本件ストマイによる後遺症であると推認することができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、右事実並びに各証拠によれば、林医師が第一クールのストマイを投与した後である昭和四二年一一月二四日には原告に顔面発疹があらわれ、これは同年一二月二一日には治癒したが、同月二四日には同医師のいう左顔面神経炎の症状が生じたこと、右神経炎なるものの具体的容態は頬が引張られるような症状、口のあたりの若干のしびれ症状及び目のあたりのぴくぴくするような症状であつたこと、右症状はその後痛みを増し、林医師より投与された鎮痛剤により一時的に治まることはあつても完治せず、翌四三年五月二〇日にはついに原告の右顔面にも同様の症状が及ぶに至つたことが認められ、右の顔面発疹及びその後の顔面症状はストマイの副作用に基づくものであると推認され、<る>。<証拠判断略>。そして、当時、専門家の間においてストマイの副作用として口唇部のしびれ感の症状があることについて広く警告されていたことは前記認定のとおりであり、また顔面発疹についても同様にストマイの副作用として警告されていたことは、<証拠>によりこれを認めることができるから、結核患者の治療に当たり直接患者に対しストマイを投与する医師としては、ストマイ投与中の患者に前記のごとき症状が現れた場合には、まずストマイの副作用によるものでなかろうかとの疑念を持ち、患者に対し腎機能、尿等の検査をし、更にはストマイの副作用が第八脳神経に障害を及ぼしていないかに思いを至し、オーデイオメーター等を使用して患者の聴力を測定検査するなどし、その症状によつてはストマイの投与を減量もしくは中止するなどして患者に対するストマイによる後遺症の発現、増悪を防止すべき注意義務があつたのにかかわらず、林医師は、原告に生じた前記症状がストマイの副作用によるものとは気付かず、ストマイによる副作用の有無、程度を確認するための前記措置を何らとることなく、原告に対し漫然ストマイの投与を続けた過失により、原告に対し本件ストマイの副作用による前記後遺症を生ぜしめたものというべきである。<証拠判断略>。

(二)  以上認定の事実に照らせば、林医師が原告の顔面に生じた前記症状について、これをストマイの副作用によるものと判断もしくは少なくとも疑わなかつたのは同人のストマイの副作用についての研究不足に由来することは明らかであり、医師たるものはその職責に照らし、著明でありしかも使用開始後相当の年月を経過している医薬品については、その能書に記載されているか否かにかかわらず、その副作用について知悉しておくべきところではあろうが、ストマイの如き強力な薬効を有する医薬品についてはその副作用も必ずしも単調ではなく、かつ<証拠>によれば、他に同種の医薬品も多数存在する現状においては、医師にとつても能書の記載が当該医薬品の有する副作用の認識のための重要な資料となるものであることは否定しがたいところと考える。そして、<証拠>によれば、同人が原告の顔面に生じたいわゆる神経炎の症状に疑念を抱かなかつたのは、本件ストマイの能書に副作用として右のような症状の記載がなかつたこともその理由であつたことが認められるところ、当時ストマイの副作用として知られ、本来本件ストマイの能書にも記載せられるべきであつた口唇部のしびれ感・蟻走感と原告の前記症状すなわち頬が引張られ、口のあたりの若干のしびれ、目のあたりの引き吊る症状は、必ずしも一致はしないがそれに近いものであるから、特にこれに反する証拠もない本件においては、能書に右の記載があつたならば、林医師としても原告の症状に疑念を抱き、ストマイの副作用の有無、程度の検査のために前記のごとき措置をとり、場合によつては本件ストマイの投与を減量もしくは中止したであろうことを推認することができる。<証拠>中には、同人が当時ストマイの副作用として前記の如き症状を知つていた旨述べるやにみられる部分もあるが、これは<証拠>によれば、被告科研化学が本件ストマイ中同被告会社の製造したストマイに添付した能書には副作用として皮膚発疹が記載されている事実が認められ<る>。<証拠判断略>

(三)  以上の次第であるから被告会社三共らの前記3の行為と原告の前記4(一)の本件ストマイの副作用による後遺症の発現との間には相当因果関係があるというべきである。

5  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告会社三共らは、林医師と共同不法行為者の関係に立ち、連帯して原告に対し、原告が本件ストマイの副作用によつて被つた損害を賠償すべき義務がある。

そこで、原告の被つた損害額について判断する。

(一) 逸失利益

<証拠>によれば、原告は大正一三年三月一五日生れの女子で、同人が本件ストマイの後遺症により神奈川県より身体障害者手帳の交付を受けた昭和四五年九月三〇日の時点でストマイの副作用により全聾となつていたのであるから、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害等級表の第四級第三号に該当すると認められ、昭和三二年七月二日基発第五五一号労働省労働基準局長通牒別表労働能力喪失率表により、その労働能力の一〇〇分の九二を喪失したものと認められる。

ところで、<証拠>によれば、原告は昭和四五年九月三〇日の時点で主婦として家事労働に従事し、その後もこれに従事したであつたろうことが認められ、<証拠>によれば、原告は右家事労働によつて少なくとも一日金二五〇〇円相当額、毎月二五日間稼働するとして一か月金六万二五〇〇円の収入を得ていたものと評価するのが相当である。そして、同人の稼働可能年数を一七年とし、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除した額を算出すると、金七七七万九〇六〇円となる。

(二) 慰藉料

原告が本件障害により日々の日常生活において受ける苦痛、ことに全聾のためすべての音を奪われ、家族との会話もままならぬまま一生を送らねばならないことにより精神的苦痛は察するに余りあるものがあり、その精神的損害は甚大というべきである。しかし、原告は、すでに林医師との間に本件被害に関し裁判上の和解をなし、同人より和解金として相当額の金員を受領しうることとなつたことは当裁判所に顕著な事実であり、右事実に被告会社三共らの故意もしくは過失に基づく行為が本件結果発生に寄与した程度など諸事情を総合して考慮すると、被告会社三共らが原告に対して支払うべき慰藉料の額は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の被告三共に対する本訴請求は、金八七七万九〇六〇円とこれに対する不法行為の後であり本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年九月二九日から完済まで民法所定の年九分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、被告科研化学、同小玉に対する本訴請求は、金八七七万九〇六〇円とこれに対する不法行為の後であり本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四八年九月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において何れも理由があるからこれを認容し、原告の本訴請求中その余の部分は、いずれも失当であるからこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、なお仮執行宣言の申立は、相当でないと認められるのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(宇野栄一郎 奥平守男 東松文雄)

別表一  診療経過表

年月日

昭和41年

12月3日

かぜのため林医院で診察(健康保険の被扶養者として。)

12月4日より

9月22日まで

毎月一回から一〇回位の割合で通院する。

昭和42年9月10日、管轄の高津保健所を経由して川崎市長に対し、結核医療公費負担申請をして認められる。―医療開始(第一クール)予定日昭和42年10月1日

昭和42年

10月1日

(第一クール開始)

ストマイ(被告明治製菓製造のもの、後記注参照。)投与

(なお、12月27日までに投与されたストマイは被告明治製菓製。)

10月5日

(投与) ストマイ、パス、ヒドラジド

10月8日

ストマイ

10月12日

ストマイ、パス、ヒドラジド

10月19日

ストマイ、パス、ヒドラジド

10月22日

ストマイ

10月26日

ストマイ、パス、ヒドラジド

10月30日

ストマイ

11月2日

ストマイ、パス、ヒドラジド

11月5日

ストマイ

11月9日

ストマイ、パス、ヒドラジド

11月12日

ストマイ

11月16日

ストマイ、パス、ヒドラジド

11月19日

ストマイ

11月24日

(投与) ストマイ

胃の調子が悪く、顔面しつしんを訴える。

林は以後、パス、ヒドラジドの投与を中止し、ストマイの単独療法とする。

11月29日

(投与) ストマイ

(症状) 顔面しつしん(12月27日まで続く。)

12月3日

(投与) ストマイ

12月7日

ストマイ

12月9日

ストマイ

12月17日

ストマイ

12月21日

ストマイ

12月24日

ストマイ

左顔面神経痛を訴える。

12月27日

(投与) ストマイ

(症状) 左顔面神経痛(以後継続し現在に至る。)

12月30日

ストマイ(被告小玉製造のもの、以後昭和43年2月3日までに投与されたストマイは被告小玉製。)

12月31日

ストマイの投与なし、鎮痛剤投与。

昭和43年

1月5日

(投与) ストマイ

1月10日

ストマイ

1月13日

ストマイ

1月17日

ストマイ

1月20日

ストマイ

1月24日

ストマイ

1月27日

ストマイ

1月31日

ストマイ

2月3日

ストマイ

2月7日

ストマイ(被告三共製造のもの。)

(以後3月15日までに投与されたストマイは被告三共製。)

2月10日

(投与) ストマイ

2月14日

ストマイ

2月17日

ストマイ

2月22日

ストマイ

2月26日

ストマイ

3月1日

ストマイ

3月4日

ストマイ

3月7日

ストマイ

3月15日

(投与) ストマイ

3月18日

ストマイ(被告科研化学製造のもの。)

(以後、8月28日のストマイの投与中止まですべて被告科研化学製のストマイが投与されている。)

3月21日

(投与) ストマイ

3月27日

ストマイ

3月30日

ストマイ

4月3日

ストマイ

従来の症状(左顔面神経痛)に加え、左頬の腫張感を訴える(この症状は継続して現在に至つている。)。

4月8日

(投与) ストマイ

4月13日

ストマイ

4月20日

ストマイ

4月26日

ストマイ

5月4日

ストマイ

5月9日

ストマイ

5月12日

ストマイの投与なし。

5月15日

(投与) ストマイ

5月20日

ストマイ

更に、右顔面神経痛を訴える(この症状は継続して現在に至つている。)。

5月27日

(投与) ストマイ

5月30日

ストマイ

6月3日

ストマイ

6月6日

ストマイ投与をせず。

(昭和43年6月6日、高津保健所を経由して川崎市に対し、結核医療公費負担申請をして認められる。―医療開始(第ニクール)予定日昭和43年6月20日)

6月20日

(投与) ストマイ

6月23日

ストマイ

6月27日

ストマイ

7月1日

ストマイ

7月4日

ストマイ

7月8日

ストマイ

7月10日

ストマイ

7月15日

ストマイ

7月18日

ストマイ

7月22日

ストマイ

7月26日

ストマイ

7月31日

ストマイ

8月3日

ストマイ

8月7日

ストマイ

更に、耳の異常を訴える。

ストマイ投与中止申入るが、林応せず。

8月9日

(投与) ストマイ

8月12日

ストマイ

8月28日

ストマイ

更に、三叉神経痛を訴える。(この症状は継続して現在に至る。)

ストマイ投与中止申入

林、この日を最後にストマイの投与中止する。

9月24日

原告、松田耳鼻科にて診察を受ける。中耳炎カタルとの診断、ストマイの副作用かも知れないといわれる。

9月25日

更に、左耳の耳鳴りを訴える。松田耳鼻科の診断結果を告げる。

9月28日

林、この頃、山口耳鼻科を紹介する。

10月

原告、このころ山口耳鼻科でオーデイオメーターによる聴力検査を受ける。その結果、高音部に異常があり、ストマイの副作用かも知れないと告げられる。

10月は9回林医院へ

11月より

12月まで

この間前後16回受診

11月28日には左下肢神経痛を訴える(この症状は継続し、現在に至る。)。

昭和44年

1・2月

1月13日からは右耳鳴りも症状に加わる。

3月5日

この日から、前記症状に加え、難聴の自覚症状が加わる(継続)。

3月14日

強い耳鳴りを訴える(この症状も継続した。)。

3月27日

4月2日より

5月29日まで

この間10回受診

6月13日より

8月21日まで

この間7回受診

9月4日

以上の症状に加え、下肢の冷感、自律神経失調を訴える(この症状も継続)。

9月11日より

4月3日まで

この間16回(月2・3回)受診

昭和45年

4月17日

以上の症状に加え、耳が全く聴こえなくなつた(全聾)旨訴える。

4月23日より

9月9日まで

この間11回受診

5月8日から、以上の症状に加え、めまい、頭鳴、手指まひ、しびれ、左腕関節痛、筋肉痛、平行障害の症状が出はじめ、継続する。

9月16日

日本医大第二附属病院耳鼻科に受診ストマイ難聴との診断で、治療の甲斐がないとのこと。

9月24日より

3月4日まで

この間14回受診

9月30日神奈川県から身体障害手帳交付―聴覚障害、聴力両耳全聾

2月12日高木神経科虎の門クリニツクにて診断、ストマイ難聴とのこと。

昭和46年

(後注、本表での各被告会社のストマイは、別表二記載のストマイである。但し、各被告会社製のストマイが複数あるときは、そのいずれかという趣旨である。)

別表二

被告国が製造承認を与えたストレプトマイシン

申請製薬会社

行政区分

名称

承認許可の年月日

承認番号

被告三共

日局

複合ストレプトマイシン

昭36年9月6日

被告明治製菓

日局

複合ストレプトマイシン

昭36年9月21日

同右

日局外

複合ストレプトマイシン

注射液「明治」

昭41年9月2日

(41A)

第四三八〇号

被告科研化学

日局

複合ストレプトマイシン

昭36年11月2日

東京工場

昭38年7月15日

静岡工場

同右

日局外

複合ストレプトマイシン

注射液「科研」

昭29年7月27日

東薬

第六二九八号

同右

日局外

複合ストレプトマイシン

注射液「科研」4ml

昭42年4月7日

(42A)

第二六二六号

被告小玉

日局外

リユオストレプトマイシンノポ

昭40年7月6日

(40AU)

第三七一号

(注、いずれも、複合ストレプトマイシンである。)

書証目録<省略>

人証目録<省略>

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